「ふらいぱんじいさん」(神沢利子 作/堀内誠一 絵 あかね書房)という本がある。新しい目玉焼きなべの登場により仕事を失った老ふらいぱんが旅に出る物語である。
「そうだ、ひろいよのなかにでれば、このわしだって、なにかやれそうなものだ。よし、でかけよう。あたらしいせかいで、だれかがわしをまっているかもしれない」
じいさんの旅の行方が気になる方はぜひ本を読んで頂きたい。出版社のHP
子どもの頃、このふらいぱんじいさんが世界で一番怖かった。幼稚園のすみれ組(年長)の時に教室にあった「ピカドン」と「ひろしまのピカ」を見てからは原爆が世界で一番怖いものになったが、少なくともそれまでの人生ではふらいぱんじいさんを何よりも恐れていた。
あの頃みた悪夢を今でも覚えている。夜、自分は家族と自宅にいるのだが、ふらいぱんじいさんが近所までやってきていて、徐々にこちらに近づいているのがなぜかわかるのだ。暗闇の中、ふらいぱんじいさんの一本足がとんとんと地面を跳ねて歩いているイメージだけが見える。
その本が置いてある棚に近づくことさえできなかった。若いころ保育士をしていて、児童書集めをほとんど趣味にしていた母はこの本を捨てたくなかったらしく、僕があまりに怖がるのでこっそりと隠していたのだが、いつも見つけ出してはここにあるといって泣いていたそうだ。
可愛らしい絵柄にユーモアとペーソスのある素敵な本だと、大人になった今は思う。ストーリーも基本的にハッピーエンドだ。それでもあの黒い顔を見ると、幼少期の恐怖が少しだけ心の奥底で目を覚まし、わずかに胸が締め付けられるような、身体の芯の辺りがすうっと冷たくなるような感覚がする。
2021.11.15
この黒い顔と一本足が何よりも怖かった。